2013-08-05 (Mon)
麻生太郎さんの「ナチス憲法」問題発言を聞いてすぐに思い浮かべたのは
杉原千畝(ちうね)のことであります。
当院の7月発行の院内新聞に杉原千畝をたまたま取り上げたばかりでした。
麻生さんの発言は文脈が誤解されているようにも見えますが
発言が何を言いたかったのか、明確さを欠いていることとデリケートな例えを持ち出したこと自体が失敗だと言うことでしょうか。

第二次世界大戦末期、リトアニアに赴任していた外交官杉原千畝はナチスに追われる数千人のユダヤ難民に対し、人道主義にもとづき独断でユダヤ難民が日本経由で第三国へ避難する道を開いた人物です。
このため戦後外務省への再就職はならず、ユダヤ人社会からの顕彰をうけてようやく2000年に外務省より名誉回復がなされました。

麻生さんの発言に対して米国に拠点を置くユダヤ人人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」からの抗議もあったようですが、まことにもったいない失態であります。
日本の米国医学留学生の一部は(というか意外に多く?)日本に好意的なユダヤ系アメリカ人教授を師匠に持つ方もいるのではないでしょうか。
杉原千畝の存在は第二次世界大戦中に差別迫害を受けた日系米国人の戦後の社会的地位向上にも寄与したのではないかと思われます。
東日本大震災の時、スギハラを思い出して日本を支援しようというユダヤ社会の動きもあったと聞きます。

終戦記念日が近づきます。
第二次世界大戦の傷跡というものはおそらく戦後百年を超えて論争されて行くのではないでしょうか。
戦禍を受けた人々の思いが終わらないのは当然であります。

小生にとって、大層なと笑われそうですが、アジアの眼科学とのおつきあいもその様な点、アジアと日本がどのように仲良くつきあってゆくか、が出発点だったような気がします。

個人的には自分が出来る範囲で自然に誠実にアジアの先生達とおつきあいして行くことがほんのわずかでもどこかでなにかに役立つと良いのだが、と感じている、なんとはなしに蝉の声の盛りが過ぎてきたような8月5日早朝であります。


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