2012-05-21 (Mon)

日本文化というものを外国人の眼を通して学ぶということはとても興味深い。
はっとするような洞察に満ちていることが多い。
「迷える者の禅修行 ドイツ人住職が見た日本仏教」
ネルケ無方(新潮新書)

外国人住職の元には世界から参禅者が訪れ、英語が共通語になっている。
修行者が日本人であるか欧米人であるかによって論考の持って行き方も変えないと理解されないこともある。
禅修行の中に比較文化論が出て来ざるを得ない。
その話がまた興味深い。

「欧米型のコミュニケーションは、「私」と「あなた」がそれぞれ山頂に立って遠いところから叫び合うようなものです。
日本人ならば、深い井戸を掘って、共有できる水脈を互いに探ろうとするでしょう。
お互いの歯車が噛み合わないのは、言葉が違うからではなく、コミュニケーションのスタイル自体が違うからです。
山頂で叫び続けている欧米人は「どうして日本人から返事が返ってこないのだろうか」と不思議に思っている一方、黙々と井戸を掘り続けている日本人は「どこまで深く掘れば、相手に伝わるのだろうか」とため息をつくのです。」

G8サミットに出席した野田首相から、小生のような個人に至るまで思い当たることがあるのではないでしょうか。


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まとめtyaiました【欧米人とのコミュニケーション】
日本文化というものを外国人の眼を通して学ぶということはとても興味深い。はっとするような洞察に満ちていることが多い。「迷える者の禅修行 ドイツ人住職が見た日本仏教」ネルケ無方(新潮新書)外国人住職の元には世界から参禅者が訪れ、英語が共通語になっている。修... …
2012/05/21 03:09  まとめwoネタ速neo