2013-08-15 (Thu)
「我等が生涯の最良の年」は第二次世界大戦の帰還兵3名のその後の人生模様を描く1946年(終戦翌年)アカデミー賞8部門受賞作。

昔から一度見なくてはと思っていたのですが、8月14日にDVDを見ました。
(詳しいあらすじは他に譲ります)

圧倒的な勝ち戦の後であっても
帰還兵には帰還という再適応への畏れやその後の運命の変化があったことをすぐさま脚本化する冷静な洞察力がアメリカ合衆国にはあった、ということに驚かされます。

主人公のひとり元銀行員のアルは帰宅して息子に日本軍兵士が持っていた「サムライの刀」と家族友人と思われる人々の書き込みが入った日の丸の旗を土産としてわたす。

「日本人は家族のつながりをことのほか大事にする文化をもっているようだ」というアルに対して、成長した息子は、「お父さんはヒロシマに行きましたか?原爆の影響はどうだったのでしょうか。」と社会的な質問をして父を内心驚かす。

当時のアメリカ社会においては戦勝国として勝利にうかれるだけではなく、
帰還兵が初めて家族に再会することへの畏れや再適応への戸惑いへのまなざしを持ち、原爆が未来に対して意味するものにさえ、さりげなく言及するような目配りができていたという「余裕」には
(もちろん少し言及したら贖罪されるというものではありませんが)
敵対する相手として物量だけではない様々な点でまことに強大な存在であったことを、この映画から、いまさらながらに感じさせられたのでありました。

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2013-08-11 (Sun)
先日の夜
拙宅玄関のインターフォンが鳴った。

インターフォンに出た家内がテレビ画面をのぞき込むと
意味ありげな視線で
木村拓哉さんがカメラを見詰めていた。

不審に思った家内が出てみると
M夫妻がサマージャンボ宝くじのポスターをインターフォンのカメラの前にかざしていたのであった(笑)。

このところ家内は家族の病気や愛犬の病気で大忙し。
キムタクのファンである家内のために、なかなか手に入らないサマージャンボのポスター(業務用のポスターはご存じのように簡単には手に入らないのです)をお見舞いと共にわざわざ届けてくださったのでありました。

ほのぼの
感謝申し上げます。


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2013-08-05 (Mon)
麻生太郎さんの「ナチス憲法」問題発言を聞いてすぐに思い浮かべたのは
杉原千畝(ちうね)のことであります。
当院の7月発行の院内新聞に杉原千畝をたまたま取り上げたばかりでした。
麻生さんの発言は文脈が誤解されているようにも見えますが
発言が何を言いたかったのか、明確さを欠いていることとデリケートな例えを持ち出したこと自体が失敗だと言うことでしょうか。

第二次世界大戦末期、リトアニアに赴任していた外交官杉原千畝はナチスに追われる数千人のユダヤ難民に対し、人道主義にもとづき独断でユダヤ難民が日本経由で第三国へ避難する道を開いた人物です。
このため戦後外務省への再就職はならず、ユダヤ人社会からの顕彰をうけてようやく2000年に外務省より名誉回復がなされました。

麻生さんの発言に対して米国に拠点を置くユダヤ人人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」からの抗議もあったようですが、まことにもったいない失態であります。
日本の米国医学留学生の一部は(というか意外に多く?)日本に好意的なユダヤ系アメリカ人教授を師匠に持つ方もいるのではないでしょうか。
杉原千畝の存在は第二次世界大戦中に差別迫害を受けた日系米国人の戦後の社会的地位向上にも寄与したのではないかと思われます。
東日本大震災の時、スギハラを思い出して日本を支援しようというユダヤ社会の動きもあったと聞きます。

終戦記念日が近づきます。
第二次世界大戦の傷跡というものはおそらく戦後百年を超えて論争されて行くのではないでしょうか。
戦禍を受けた人々の思いが終わらないのは当然であります。

小生にとって、大層なと笑われそうですが、アジアの眼科学とのおつきあいもその様な点、アジアと日本がどのように仲良くつきあってゆくか、が出発点だったような気がします。

個人的には自分が出来る範囲で自然に誠実にアジアの先生達とおつきあいして行くことがほんのわずかでもどこかでなにかに役立つと良いのだが、と感じている、なんとはなしに蝉の声の盛りが過ぎてきたような8月5日早朝であります。


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