2011-01-30 (Sun)
Asia ARVOおよびSNEC21周年講演会の特別講演は著名な眼科研究者の講演が多数行われ勉強になった。

眼窩疾患で高名なJack Rootman教授(カナダ)は
冒頭、

The real voyage of discovery consists
not in seeking new landscapes but in having new eyes.

Marcel Proust

というスライドを出された。

マルセル・プルースト
「真の発見の航海とは、新しい風景を探すことではなく、新しい眼を持つことにある。」

Rootman教授は眼窩疾患治療における1970代のrulesを自ら破りながら、治療を改善してきた歴史を振り返られた。

J Rootman
Why “orbital pseudotumour” is no longer a useful concept
Br J Ophthalmol 82:339-340, 1998.

すでに存在する診断名や治療方針が実は疾患本態からずれているということは少なくない。
そのため、従来の治療法が否定され、新しい治療法が提案されるがその道のりは遠く険しい。

神経眼科領域においても、球後視神経炎に対して最初にステロイドパルス療法が米国において推奨され始めた頃(20年以上前)、その治療法を地方会で研修医に発表してもらうと、当時としては当然であったが、ベテランの先生方は当惑された。

球後視神経炎はステロイドを30mgも内服すれば良くなる例も少なくないのに
メチルプレドニゾロンで1000mgも点滴静注するなどとんでもない。
さらにプレドニゾン60mgから後療法するなんて、と。
(Beck RW et al. N Eng J Med 1993)

眼窩吹き抜け骨折についても、画像診断上、外眼筋の嵌頓がなければ、眼球運動障害があっても、経過観察して、手術適応を慎重に決定するということが、すでに1970年代に米国医学雑誌に掲載されていた。
(手術を勧められた後に拒否して、手術しなかった患者さんを後に聞き取り調査したところ、自然に回復していた症例が予想以上に多かった)。

しかし本邦ではすべて早い時期に手術をすると良く治る
という方針が根強く生きていたように思う。

(早く手術すれば、手術しなくても良くなる例が混じる可能性があり、治療成績が向上するかも知れない。

もちろん現在は洗練された手術を早期に適切に行うと、複視を改善するだけでなく、美容的な問題も最小限にとどめることが出来ると思われる。

眼形成外科のN先生が眼窩吹き抜け骨折はできるだけ早期に手術をと言われているのは、現在の正確な診断法によって手術の適応をさらに厳密に診断し、手術が必要なほど重症ならすぐ手術を、ということではないかと思う。)


1990年頃、あるVIPの子息の眼窩吹き抜け骨折を紹介され
両眼性複視の自覚はあるが、眼球運動障害も痛みも強くなく、外眼筋の嵌頓がないため、慎重に経過観察していたら、すぐに手術をしてもらうようにと告げておられた紹介先の病院から、これもお立場はよく分かるが、大分心配した問い合わせがあったりしていささかプレッシャーを感じた。

その患者さんは手術なしに複視も消失し、美容的にも問題なく治癒した。


Rootman先生の言を勝手に意訳すると以下のようになるだろうか。

発見は、新しい疾患をみつけることにあるのではなく
すでに存在する疾患を新しい切り口で見つめ直すことにある。


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| 眼科学会 | COM(1) | TB(0) |
2011-01-27 (Thu)
(話が戻ります)
シンガポールでのAsia ARVOが終了し
1月22日土曜日午後10時半のANAで羽田へ出発。

食事も取らず、寝ようとしたが
話題の映画「ソーシャル・ネットワーク」をつい出だしだけ見てしまう。

モデルとなった「フェース・ブック」のザッカーバーグがハーバードを鼻に掛けた、かなり嫌な、しかしヘンな魅力を持つ若者として描かれていてびっくり。
サイトのアイデアがどのくらいの価値を持つかについて
弁護士が入って巨額の交渉になるなど
興味深い。

いかんいかん、早く眠るつもりだったとアイマスクを付ける。

結局余り良く眠れず、午前5時過ぎ羽田着。

こぢんまりとした到着ロビーにANAおよびJAL国内線のチェックイン・カウンターがあるので、そのまま、またスーツケースを預けて身軽になれる。
素晴らしい。

国内線第2ターミナルへ移動。
午前6時半。
宮崎へ帰る便を午前9時5分発から7時30分発ANA601便に早めてもらう。

チェックインした荷物をもう一度戻してもらう必要が生じたが
15分で荷物が届く。
早い。

朝ご飯を買おうと空弁のお店にはいると
ケツメイシの、なんていう歌なのか、とにかくちょっと泣かせる歌が流れていて
なぜか、ああ日本だなあと思う。

無事午前7時45分のANAで宮崎へ出発。
羽田からのアジア便はとても便利。
宮崎からだと、夕方まで通常通りの外来をして、夜中発の便に間に合うので、福岡から翌日午前に出た場合や成田泊して翌朝出た場合に比べて、翌日昼間の半日(ということは仕事上まる1日)を節約できる。

帰りも始発便に間に合うので
日曜日をほとんど自宅で過ごすことが出来る。
月曜日から忙しい外来が待っているので有り難い。

機材(シート)がちょっと「しょぼい」可能性はありますが、羽田発アジア行きは忙しい人には確かに便利と実感しました。


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| シンガポール | COM(0) | TB(0) |
2011-01-26 (Wed)

アジアカップ日韓戦
本当に最後の最後で
PK戦に持ち込まれ

押されぎみの雰囲気の中
本田選手がPKを決め
キーパー川島が三連続セーブで韓国に完勝。

本田選手がPKにおいて
「もう一度真ん中に蹴る勇気はまだなかった。」
インタビューがちらりとビッグマウスだったのも良かった。
ありがとう!
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| スポーツ | COM(0) | TB(0) |
2011-01-21 (Fri)
Asia ARVOに参加するためにシンガポールに来ています。
水曜日外来を終えて、電車に飛び乗り
宮崎空港ANA最終便で羽田
今日は15分遅れて午後9時45分着

ANAを使っているため
宮崎空港からスーツケースがスルーでシンガポールまで行ってくれる。
スーツケースを持たずに
バスで国際ターミナルに行けるのが有り難い。
バスは満員。
ツアーの方が多いためか、スルーのためか、スーツケースを持っている人がいない。

チケットも宮崎で発券して席も決まっている。
そのまま午後10時10分に通関終了。
早い。
お客さんはそれなりに多い。
DFSショップも少なくとも11時までは開いている。

ANAのラウンジを覗く。
夕食も結構ちゃんとしている。
混雑している。
当院の厨房が作ってくれたお弁当を戴く。

NH151便午後11時30分発。
ビジネス席のシートが古くて余りリクラインしない、狭いタイプなのがちょっと辛い。

隣の中年男性はシンガポールで事業をしていると言われて
名刺をいただくと
6社くらいの社長さんでびっくり

デトロイトから帰るところで
一昨年は火が消えたようだったのが
今年は景気が良かったと言われていた。

トヨタが沈んで、米国メーカーが息を吹き返しているのは本当らしい。

なかなか眠れず
苦労しながらシンガポールに現地午前6時20分定刻通り到着。

シンガポールは暑い。
摂氏10度から30度へ。
そのまま学会場隣接のハードロックホテルに向かう。

まだチェックインできず
そのまま学会へ。

寝不足ながら勉強開始。

フェムトセカンド・レーザーによる白内障手術
前嚢切開
水晶体分割など興味深い。

角膜切開、乱視矯正切開もお手の物?のようだ。

神経眼科ではニール・ミラー教授も来られていて
虚血性視神経症の基礎研究についてレビューされた。

Rhesus monkeyの視神経乳頭はカップがないことから
Disc at riskのモデルとして研究され
虚血性視神経症の視神経組織においてマクロファージの動態から炎症を示唆する?所見が、他のstrokeと同様に、見られ、この炎症をコントロールすることによる治療の可能性について( C Zhang, Exp Brain Res 2010 このグループのBrain Resの論文2009も参考にされたし。少し結論があいまい? わたしの聞き取り力と論文の読解力が足りないだけ?)
詳細に話された。

昼は宮崎県人会の方々と昼食会。
建設関係の方によると
シンガポールは景気が良いらしい。
病院関係も手がけられていて
メディカル・ツーリズム拡大に伴って
マウント・エリザベス病院など新病院建設ラッシュのようだ。
病院は箱物だけでなく
さまざまな設備に巨額を要するため、大きなプロジェクトになっている。


ハードロックホテルの部屋は
壁にジミ・ヘンドリックスの写真が飾られて
ちょっと違和感。
シャワーを浴びようとして
バスタブがない!トホホ。

夕刻から国立眼科センター、シンガポール眼科研究所のレセプション
大変な賑わいであった。
外国からの参加者も多い。
これら招待演者の待遇はどうなっているのだろうか。

さらに夕食会
My Humble Houseへ。

ゲストの一人が夕食会招待のメールにMy Humble Houseとあったので
ご自宅への招待を謙遜して書いていたのかと思っていたと
ジョークを言われてみんな和む。

漢字では「寒舎」と書く、その名前とは大違いのゴージャスなしつらえ。
モダン・チャイニーズと新しいカジノエリアなどの夜景が素晴らしいレストランであった。

本当にご馳走様でした。

お留守番の皆様ありがとうございます。
明日はポスターの設置も早いのでこれにて失礼いたします。


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| シンガポール | COM(0) | TB(0) |
2011-01-16 (Sun)
今年も年賀状を沢山戴き感謝しています。

微笑ましい、面白い年賀状も多かった中
異彩を放っていたのは

術衣のまま
インフィニティ(白内障手術装置)の横に仁王立ちになり
ワイヤレスマイクから
手術指導する

巨匠T医師のお年賀状でありました。

一言
「00したらいかんぜよ!」

と印刷してあった。

手術指導を行う立場というのは
本当に大変なことと拝察する。

そして00するな、というと00してしまうのが人の常。

わたしは00したくてもできないような機械的(ソフト的)仕組みを作るのが良いと思いつづけてきました。
しかし工学的にもこれが難しい。

T先生、御自愛ください。


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| 白内障手術 | COM(0) | TB(0) |
2011-01-12 (Wed)

午後の手術が終わって天気予報を見ると
明朝は東京が最低気温2度だというのに
宮崎県日向市がマイナス3度の予想。

寒がりのわたしにはさすがに辛い。
愛犬善も寒がりのため
毛布にくるまって出てこない。

そしてこれだけ寒いのに、スギ花粉症が出てきているように自分で感じる。
軽く頭痛がし、くしゃみがでたり、眼がかゆかったりする。
熱はまったくなく風邪ではないのである。

通常日向ではスギ花粉症がみられるのは2月上旬からであるが、今年は飛散量が多いという兆しかもしれない。
わたしも軽い花粉症なので、ちょっと心配だ。

学会の締切も迫っている。
診療所のさまざまな用件に取り紛れている内に
もう1月12日ではないか。

今週土曜日の宮崎大学眼科研究会のスライドもまだ完成しておらず
来週シンガポールで開催されるAsia ARVOの準備もまだ出来ていない。
6月パリで開催される世界緑内障学会の演題も未完成。
抄録締切は今月15日である。トホホ。

気温も心も寒い。
でも30年ぶりにパリに行けるなんてちょっと嬉しい。
がんばるしかありませぬ。

泥縄の小生を支えてくれる皆様の暖かい御助力に心から感謝申し上げます。


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| 生活と意見 | COM(0) | TB(0) |
2011-01-09 (Sun)
台北国際空港の書店にて
ふとある棚を見ると、
宮崎県宮崎市江平から出された「小包」が置いてある。

その住所は私が宮崎医大勤務時代に住んでいたあたり。
何だろうかと興味を惹かれた。

その「小包」は台湾の大ヒット映画「海角7号」(魏徳聖監督)サントラCDであった。

海角7号

台湾に赴任した日本人教師が現地で恋に落ちた少女と敗戦によって離別し、
届けられなかった恋文が60年後に台湾に届けられ、
日本人歌手のビーチコンサート準備に絡んでさまざまな問題が起こり・・。

この映画に中国語が出来る売れないモデルとして出演した田中千絵は一躍人気女優となった。

当時、わが宮崎県はこれを観光につなげることは出来たのだろうか。
江平のどこかを投函場所として設定し、観光名所にすることはできなかったものかしらん。

宮崎県とつながる人を世界中から探し
宮崎を褒めてもらったら
すぐに参上して御意見を伺う。

そのような感度の良さ、身軽さを行政にもっともっと発揮していただきたい。

なにはなくとも御縁を探して
宮崎の風土、パワースポット、素晴らしい食材を売り込んでもらいたい。

口蹄疫問題のさなか私自身つくづく思ったのは
いまや宮崎では宮崎牛がないと「おせったい」が完結しないという事実でありました。

正月に渋谷のTSUTAYAでようやく見つけて購入した「海角7号」のDVD。
忙しくてまだ見ていませんが、この連休にでも楽しみたいと思っています。


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| 宮崎 | COM(0) | TB(0) |
2011-01-07 (Fri)
1月2日日曜日午後
東京のホテルから羽田へ向かおうとしていたら
ホテルのエントランスに白いコートを着た
白髪の由井正雪のような人が立っていた。

内田裕也さんであった。

内田さんの小型の外車と大きなベントレーとが並び
娘の也哉子さんが裕也さんに別れのハグをするところであった。

律儀な感じの運転手さんが娘さんのベントレーの運転席に座り
2台の車は支配人達総出の見送りを受けて去っていった。

娘が「モッくん、格好良かったね!」
というので、運転手が本木雅弘さんであったことに後から気づいたが、よく見ていなかった。

「坂の上の雲」
楽しみに見ているので
本木さんはちょっと見たかったなあ。

内田裕也さんがやはり独特の、得体の知れない存在感で
つい眼を奪われてしまった。

なんとはなしに
裕也さんお身体大切に、と手を合わせてしまう、わたくしでありました。


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| 有名人 | COM(0) | TB(0) |
2011-01-01 (Sat)
あけましておめでとうございます。

香港から羽田まで帰るANA機内で読んだ朝日新聞
「天声人語 」(12月31日)の中に

「・・そして、新しいカレンダーに並ぶ一日一日を迎え入れる。
吉屋信子の一句が思い浮かぶ。
〈初暦知らぬ月日は美しく〉。
どうぞよいお年を。」

とあったけれど

初暦知らぬ月日美しく

ではなかったかしらん

自分の年賀状に引用したのが、随分前なので
はっきりしない。

現在、東京に居るので俳句集でも確認できず
ネット上でも「月日は」と「月日の」 と混在している
この疑問を抱いている人のコメントもないようだ。

素人の感覚ながら
「月日」ではちょっとシニカルな気がする

「の」でないと女流らしい
美しさ
希望
ときめきが表現出来ないような気がする。

池上彰さんが「伝える力」 (PHPビジネス新書) の中に
文章中に使ってはいけない言葉として
「いずれにしても」
を挙げて、ジョークをはさんでいたのだけれど

いずれにしても(笑い)

新しい年にときめきたいと思う
元旦であります。

今年もどうぞよろしく御願いいたします。


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| 幸福論 | COM(2) | TB(0) |