眼科医フォーチュン・クッキー日記&ブログ
眼科医の生活と意見を、時には専門的なお話も含めて書いています。
術中虹彩緊張低下症候群の白内障手術
前立腺肥大治療のためにα1受容体遮断薬
(ハルナール、アビショット、フリバス、ユリーフなど)
を内服している患者さんが白内障手術を受ける際に
虹彩の緊張が低下して「フニャフニャ」な感じになり
1.破砕吸引装置による前房内の水流による虹彩のうねり
2. 切開創にむかって脱出しそうなだらだらした虹彩実質
3. 手術中の進行性の縮瞳を3主徴とした病態を示すことがあり
これを術中虹彩緊張低下症候群(IFIS)
といいます。
Chang DF, Campbell JR:Intraoperative floppy iris syndrome associated with tamsulosin.
J Cataract Refract Surg. 2005 Apr;31(4):664-73.

日本の患者さんは虹彩の「腰」が白人よりしっかりしているためか
この症候群を気にする医師とあまり気にしない医師がはっきり分かれるような気がしますが、わたしはかなり気にしています。
手術の安全性、円滑さを少しでも高めて担保しておきたいと思います。

白内障手術に際しては、ヒーロンVを使用して低設定で手術。
(この「かったるさ」を好まない医師もいると思いますし、準備していてたのになんともなかったじゃないかと感じたこともありましたが)
術前にアトロピン点眼を用いることが以前推奨されていましたが、今は行なわれなくなりました。

日本眼内レンズ屈折手術学会では
安間先生が0.6%フェニレフリン液の前房内注入によってIFISの防止効果が高いことを述べられました。
フェニレフリンはα1受容体遮断薬の持つ散瞳抑制効果を打ち消すことによりIFISに対して特異的に術中の散瞳効果があるとされ、供覧されたビデオでも効果が明確でした。
Pubmedでは、きちんとした英文論文はまだないようですし、前房内注入可能なPhenylephrineの入手方法、調整方法などハードルはありますが、興味深い講演でした。


「白内障手術孤軍奮闘記」
6月末の日本眼内レンズ屈折手術学会において、
「白内障手術孤軍奮闘記」というK医師のポスター発表があってわたし的には興味深いと思いました。

残念ながら発表に直接立ち会うことはできませんでしたが、
育児や結婚を理由に突然手術担当の看護師が不在となった場合、
白内障手術において一日数例の白内障手術を
助手や器械出しなしで外回り看護師のみで施行した経験の報告でした。
器機準備・セッティング・粘弾性物質・自動点眼装置などを過去の報告を参考に医師一人でできるように試みています。

半年間に102例の白内障手術を合併症なく終了。
抄録に「しかし手術時間も通常の2倍となってまった。」
と書いてあり「なってしまった」の誤植?と思われますが、
「なってまった」という気持ちがジーンと伝わる抄録でありました。


落屑症候群の白内障手術
6月27日土曜日から東京国際フォーラムで開かれている日本眼内レンズ屈折手術学会およびAPACRS(アジア太平洋白内障屈折手術学会)に参加しています。
(留守を守ってくださる先生方に感謝)

APACRSの特別講演を行なわれたDavid F. Chang医師はIFIS(術中虹彩緊張低下症候群)を最初に報告したことでよく知られています。
また米国におけるPhaco Chop指導者としても有名です。
APACRS学会報告

さてチャン先生の難症例シンポジウムでの発表は
落屑症候群のため、チン小帯脆弱がある患者さんの
進行した白内障手術をカプセルフックを用いて行い
水晶体嚢テンションリングをいれ
彼はチン小帯が弱い場合には3ピースアクリル製眼内レンズを好むので
これを移植し
最後に眼球を揺さぶると
なんと眼内レンズがゆらゆらしている

さてどうしますか?
という発表でした。

フロアからいくつか意見が出ました。

リングを縫着する
眼内レンズ・ループを虹彩に縫着する
そのまま様子を見る
など

チャン教授は
眼内レンズを水晶体嚢から
取り出し、それを嚢外へ慎重に設置しなおしました。

眼球をシェイクしても眼内レンズは安定し
手術終了となりました。

落屑症候群における
眼内レンズの「毛様溝固定」
古くて新しい問題です。

さてあなたならどうしますか?


抗がん剤と角膜障害
(プライバシーに配慮して少し内容を変えています)

ある日、両眼の視力が急に低下した患者さんが来院され
強い角膜「びらん」のために視力が低下していました。

普通のドライアイによる角膜障害のタイプではなく
薬物性障害のように見えます。

点眼薬の使用歴はなく
消化器系のがんがあります。
(告知を受けておられます。)

TS-1という薬を飲んでいませんか?
と聞きましたが
その場では自分の薬を覚えておられず
お薬手帳も携帯されていませんでした。

夕方、自宅から内服薬はTS-1でしたと電話を貰いました。
TS-1(ティーエスワン)の一般名はテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウムであり胃癌、結腸・直腸癌などに投与されます。

外科の担当医に投薬内容の変更を御相談するため手紙を書くことにしました。
このような角膜障害を一昨年くらいから経験し始め、これで4例目でしょうか。

今年の九州眼科学会で出田眼科病院からTS-1の角膜障害について
発表があったと思いますが、残念ながら聞く機会がありませんでした。

幸い、TS-1を中止すると角膜障害は徐々に、しかしきれいに治ります。
TS-1は良く使われている抗がん剤のようですが
眼科的な副作用についてはあまり記載されていないようです。

しかしTS-1による角膜障害が強い場合にはかなり視力が下がる方もいます。
もともとドライアイなど眼表面がデリケートな方が問題を起こしやすいのかもしれません。
TS-1を内服中の方は眼がかすむ場合には早めに担当医か、眼科医に相談されるのがよいと思います。


あなたはあなたの後ろにいる
「わたしは手術台の上で仰向けに横たわっていました。
小手術だったので
医師がわたしの胸にメスを入れている間
意識があり
医師のしていることはわたしに起きているのではなく
わたしが所有している機械に起きているのだと感じていました。

あなたは身体ではなく
あなたは心ではなく
あなたは感情ではありません。

あなたはそういったものたちの
後ろにいて
望むものを選び
すべての方向性を定めることができます。

そう
あなたの役目は「選ぶ」ことだけなのです。」

Life’s Missing Instruction Manual
Joe Vitale

このような話は
以前は
あまりピンときませんでしたが
今は少し
分かる気がします。

さて
わたしは
困難が横たわる今
(人生は不思議なことに定期的に困難が待ち受けているようであります)

どのような「心」を
選ぶべきなのか。

すでにわたしの中には答えがあるに違いありませんが
それが何なのか
どの心を選ぶべきなのか
未熟者のわたしにはすぐには見えてきません。

日曜日の早朝に
静かに
自分を見つめているところです。


ピアニスト辻井伸行さんのお母さん
眼科医にとって
辻井伸行さんのヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール優勝は一層嬉しいことでありました。

辻井伸行さんのホーム・ページ

わたしの父は家が貧しく
進学できなかったためか
教育全般に興味があり
(わたしに勉強を強いたことは一度もありませんでしたが)
辻井さんの御両親はすごい、すごい
ととても感心していました。

今回の報道では御両親のインタビューを見かけませんでした。
わたしが忙しくて見ていないのかもしれませんが
今回は自分たち、親が主役になってしまうことを注意深く避けようとされていたのではないかと思われ
さらに御両親に対する敬意を深めることになりました。

お母さんは2冊の著書を出しておられますが
全盲として生まれた子供をここまで育てるということは
ちょっと想像を絶すると思います。
辻井伸行さんのお母さんのホーム・ページ

中途に全盲となった方とは
医学的に、また教育的に
まったくと言って良いほど違います。

昔、わたしの大学病院眼科外来に
中枢神経系の障害、視覚系の障害を先天的に持つ
こどもとお母さんがやってきました。

そのこどもさんが文字を読んで理解することが出来るようになるとは
なかなか想像できませんでした。

ともに、というかお母さんの倦まずたゆまずの努力で
徐々に徐々に
こどもは文字を見、認識し、
絵を書き、作文を書くようになりました。

それはまったく驚異的な成長であり、
消え入るような声で話す、細身のお母さんの
どこから生まれてくるのかと不思議に思われるほど
ゆらぐことのない希望と信念の結実でありました。

実に親というものは偉大であります。


キリン・フリーの医学
キリン・フリーの「売り」は
おそらく「飲んでも乗れる」
ではないでしょうか。

なにしろわたしの田舎のセブンイレブンにもしっかり入荷しました。
宮崎県日向市に低アルコール(0.1%程度)・ビールを購入する軟弱な人間は多分わたし以外におらず、従来の「飲んだら乗れない」低アルコールビールはどのコンビニにも普通の酒屋さんにもありませんでした。

また旭化成城下町である延岡ではビールはアサヒと決まっていましたが
和食を食べた際に
アサヒの低アルコール・ビールではなく
キリン・フリーが出てきたのもびっくり。
キリン・フリーは完全にソフトドリンクとして提供されているのでしょうか。

ところが
わたしは少し酔うような気がしますし
まだ数本しか飲んでいませんが
頭が痛くなります。
どうしてでしょうか。

ネット上にこの質問がでています。
キリン・フリーへの疑問

ビール業界の競争は激しいので、慎重に情報を吟味し、コメントしないといけませんが、おなじ経験の方がいるのでしょうか?

0.00%ということは
0.004%くらいはアルコール濃度があってそれで酔うのか
本当に添加物が原因なのでしょうか?

わたしはアルコールが全然だめであります。

0.1%のアルコールの濃度のビールを飲んでも
かなり赤くなったり
軽く酔います。

なので(という接続語がアラフォーあたりまで流行ですね)
宴席では
「千一」
という、焼酎の「六四」などの割り方にならって
お湯1000に対し焼酎1の割合(笑い)で
作ってもらうとこれは結構いけます。

香りはまぎれなく焼酎
これでもわずかに酔います。
お湯割なので健康的
(冷たい飲み物を中国人が今まで余り飲まなかったのは十分医学的に正しい態度だったと思います。シンガポールや香港では中華レストランで男性たちだけで食べているテーブルも熱いお茶だけだったりします。)
どの料理にも合います。

でも下戸であっても
今は冷たいビールが飲みたい季節ですよね。
普段はサントリーの炭酸水か
レストランならサンペレグリノを飲んでいますが。

アルコールがだめなわたしに朗報と思われたキリン・フリー
「症例」が少なく、個人差が大きいはずなのでなんともいえませんが
わたしが飲めるアルコール・フリー・ビールの夢はまたしても遠のくのでありましょうか。


よかよか
最近のマイブームは
「よかよか」。
正確には「ようか、ようか」(よしよし、だいじょうぶ)という九州弁。

先日、仕事のついでに東京・歌舞伎座に
歌舞伎を見に行きました。

歌舞伎座で歌舞伎を観るのは初めて。
席が分からず
花道に上って注意されたのはわたしであります(笑い)。
(花道は後方では床と高低差がなくなるのですね)

歌舞伎座内部
(歌舞伎座内部。満席であります。)
歌舞伎座入口
(夜の部は午後4時半開演。終わって出てくると午後9時近い。
時には25分もある幕間の過ごし方が通の人は上手である)

公演直前にチケットを購入したのですが
花道近くの席が空いていてとてもラッキーでした。
気がつくと後の席は元NHKアナウンサーで歌舞伎評論家の山川静夫さんが座っていました。

最初の演目は
「恋湊博多諷(こいみなとはかたのひとふし)」

西海の海賊の頭領、毛剃九右衛門(市川團十郎)は
「ようか、ようか」
が口癖の子分思い。

気に入りの小女郎から
災難に遭って財産をなくした恋人を助けてほしいと依頼される。
ところがその恋人こそ、自分と子分たちが船から海に投げ込んで始末したはずの小松屋宗七(藤十郎)。

九右衛門は
子分達がいきり立つのを押さえ
誇り高い小女郎がそのような頼みごとをするには
よほどの決心がいったことであろう
と、その心情を思いやり
よし、助けてやるから 二人して仲間に入れ
と、海賊になれということではあるけれど
二人を助けるさまが太っ腹であります。

自分を省みると
難題を相談された時
難題に気を取られてしまって
相談に来るに至った相手の気持ちを思いやることがおろそかになりがちだったかもしれません。

どこかとぼけた親分の懐の深さ?に感心したわたしは
毎日のさまざまな出来事に対して
九右衛門の口癖を真似て
時々ひかえめに「よーか、よーかあ」と
「見得」をきっています。

もちろん厳しい医療現場には必ずしもなじむ言葉ではありません。

けれどプライベートな場面では「よーか、よーか」のポジティブな響きが良い効果を示すことも少なくありません。

不思議なもので無理にでもそう言ってみると
意外にふっきれて
すぐさま対策に向けて
気持ちが切り替わるように思われるのでござりまする。
手をつなぐ

白内障手術が怖くて
心臓が止まりそうだという
高齢のA さん。
そう簡単に心臓に止まられては大変です。

入院手術だったので
手術前にその日の予定者みんなで手を握り合って
わたしの話を少しばかり聞いてもらいました。
おかしなリクエストと思われたでしょうが、ちょっと恥ずかしそうに、みなさん従ってくださいました。

そうすると
みんなちょっと笑顔が出たり、温かい雰囲気が出たりするのでした。

Aさんは手術も落ち着いて受けられました。

互いにみんなで手をつなぐことってありますか?
わたしは久しく経験がありませんでした。

最近、手をつなぐことって大事だなと思っています。

「慢性疲労は首で治せる!」

最近わたしも忙しさのためか時折、肩こりを感じるようになりました。

WHOのインフルエンザ広報で日系のFukuda医師が出てこられますが、この方は慢性疲労症候群の研究者としても有名です。
米国では慢性疲労症候群の患者が400万人いるとも言われていて
地域的にまとまって発症することも多いためにウイルスが原因ではないかと考えられています。

「慢性疲労は首で治せる!」角川oneテーマ21
の中で
松井孝嘉医師(東京脳神経センター理事長)は
「しかし私のもとでは慢性疲労症候群と診断されていた患者の95%を完治させられています。そこで慢性疲労症候群とされる患者のほとんどが頸性神経筋症候群のひとつであると考えられるのです。」と書いています。

米国でみている慢性疲労症候群と日本の慢性疲労症候群に医学的差異があるのかも知れませんが興味深いことです。

松井医師の治療の勧めは以下のとおりです。

「最大の問題はパソコン中の姿勢が問題で、首の筋肉の凝りが起こる一番の原因は同じ姿勢を長く続けすぎているということなので、
何よりの対策はずっと同じ姿勢でいるようにはしないことです。
単純なことだと思われるかも知れませんが、
それ以上に大切な対策はありません。」

松井医師は「15分に30秒休めばパソコンはいくらでも出来る。」と書いています。
また、首の後ろで手を組んで座った上で、後ろに体をそらすという運動などを勧めています。(詳しくは同書へ)

わたしが自分の肩こりを考えるに、その通りではないでしょうか。
確かに白内障手術は何例続いてもあまり肩こりを感じませんが、休憩のない長い手術では肩こりを感じることがあります。
これも白内障手術は松井医師の勧めるインターバルが取れるからかも知れません。

さらに本書にあるように
肩こりには首の周りをいつも温めておくこと
半身浴ではなく全身浴をして
バスタブのふちに首を預けてリラックスをするということが出来れば一番良いのではないでしょうか。

松井先生の理論に専門家はまたいろいろご意見があるのでしょうが
首の凝りが気になる方にはかなりお役に立つと思います。
お試しください。
オーボエと緑内障 その2
オーボエやトランペットを演奏した場合
眼圧が上がるのでしょうか。
また緑内障のリスクが高まるのでしょうか。

これに答えた有名な?論文があります。
Schuman JS et al.
Increased intraocular pressure and visual field defects in high resistance wind instrument players.
Ophthalmology 107:127-133, 2000.

強く息を吹く必要がある管楽器の奏者は、演奏中眼圧が上がっていると考えられていますが、ジョエル・シューマン博士は実際に演奏中に眼圧が上がっているのか、それはどのようなメカニズムによるものか、また特に強く息を吹かなくてはいけない楽器、例えばトランペットやオーボエでは緑内障のリスクが増大するか、について検討しました。

管楽器奏者は演奏中に脈絡膜の充血(鬱血)による一過性眼圧上昇を示します。
わたしも昔、開瞼器を付けていきむとどのくらい眼圧が上がるか自ら試したことがありますが、結構眼圧が上がります。

強く吹く管楽器の奏者(トランペット、オーボエの奏者)はサキソフォンやクラリネットの奏者よりも眼圧の上昇が大きくなります。

オーボエでは普通に吹いているときは4mmHgの上昇ですが
高音を出すときは20mmHgの上昇。
すなわち何もしていないときの16プラス演奏の基本上昇4プラス高音の20イコール40mmHgを示します。

トランペットやオーボエの奏者は視野障害を起こす確率が(けして大きくはないのですが)より高くなります。
長い年月演奏を続けることにより眼圧上昇の機会が重なり、緑内障性障害につながる可能性があるというのです。
そしてその患者さんは診察室では正常な眼圧を示すので、正常眼圧緑内障と誤って診断される可能性があります。

管楽器奏者はひどく心配する必要はないと思われますが、
オーボエやトランペットのプロフェッショナルな演奏家は40歳を超えたら視野検査を含む定期的な眼科的検診を受ける必要がありそうです。

オーボエと緑内障
以前、オーボエをしばらく習っていたが
今は休眠状態というか
お休み状態である。

忙しさのためももちろんあるが
とにかく、覚悟はしていたが大変な木管楽器である。

すこし練習しただけで
息も絶え絶えになる。
そのくらい強く吹かなければ音が出ない。
わたしのへなちょこ肺活量では難行苦行なのである。

管楽器は呼吸の鍛錬につながって健康法としても良いのではないか
という甘っちょろい幻想は吹っ飛び
吹いている途中で
脳血管が破裂するのではないかと
心配になる(笑い)。
また指使いが理論的でなく難しい。
まあその理屈でないところがオーボエらしいけれど。

難物ではありますが
しかし、やはり愛しいオーボエではあります。
その音色はとても自然で心をふるわせる。
楽器自体も天然木で作られ、湿度や温度に敏感。
手入れも欠かせない。
(余談ながら、「のだめカンタービレ」でオーボエを吹く「黒木くん」はわが日向市出身の芸大生がモデルと聞いている。)

昔、大学病院の仕事が忙しかった頃
多分ドイツバッハゾリステンではなかったかと思うが
熊本でコンサートを聴いた。

オーボエ協奏曲があまりに美しくて
泣けて泣けて仕方なかった。

オーボエはしかし自分で吹こうとすると本当に大変。
オーボエ奏者の宮本文昭さんはちょっと超人的であると思う。
ピアノだとテクニックがどうか、というようなことになるが
オーボエは大袈裟かもしれないが、いわばアスリートとしての肉体が必要だ。
実際奏者はかなり腹筋、背筋を鍛えている。

女性の奏者も最近は少なくないが、すごいなあと尊敬してしまう。

オーボエはオーケストラの音合わせにも出てゆかないといけないし
ソロがえらく目立つので
それが嬉しいとは思うが
相当プレッシャーにもなることでありましょう。

またオーボエは年齢的な衰えが早く来る楽器でもあると想像する。
天才、宮本文昭さんが演奏40年で引退を決めたのも、活動の場を広げるというためだけでなく、厳しい生理的、肉体的限界を奏者自身が明確に意識せざるをえない楽器であることをよく知っておられるからかもしれない。
そして、だからこそ、またオーボエの音色、旋律がいっそう貴重であり、心に沁みるのではないだろうか。

管理職に上がろうとする外科系医師には宮本文昭さんがこれからどのようなキャリアを重ねてゆくのかが参考になるかもしれない。
彼は新たな音楽の創造に、さまざまな手段を通じて取り組んでゆくつもりらしい。
宮本文昭のHP

えっ、緑内障はどうなったのか?というお尋ねですね。
すみません
今、月初めの事務仕事や学会準備で忙しくしています。
ここまで書いたところで
仕事が入ってきましたので
明日にでも続きを書きたいと思います。

神尾真由子の育て方
先日 注目のバイオリニスト神尾真由子さんのNHKドキュメンタリーを見た。
少し前のものらしかったが、スイスに住む神尾さんは個性的で
チャイコフスキーコンクール優勝の先輩、諏訪内晶子さんとはかなり違うキャラクターである。

良い意味でふてぶてしいというか、気まぐれというか
しかし自分の音を究極まで追及する天才肌のアーティストなのである。
神尾真由子コンサート

偉い教師についても、インタビューではそれを素直に認めず
偉い指導者は大体みんなこういう、同じパターンで指導する、などと批評してから、しぶしぶ教えを実行し始めるのである。
素直でないところがとても興味深い。
真夜中についつい1時間以上もドキュメンタリーを見てしまった。

福岡市の音楽ホール、アクロスの広報誌「ACROS」5月号に
に彼女のエッセーが載っていた。

インタビューで答えた後
「・・・」と一瞬沈黙してしまう。
何かを答えてから、その反対意見を思いついてしまって、その反対意見を肯定するかのような詭弁といえるような理屈が頭の中を渦巻いてしまう

と、本音が率直に書いてある。
ACROS 6月号

諏訪内晶子さんは著書の中に
アメリカ留学中、韓国出身のルームメイトから日本が韓国に対して行なった過去の歴史問題について詰問され立ち往生して悩んだと書くような、生真面目な性格であり
神尾さんと好対照である。(神尾さんがまじめではないという意味ではないが、神尾さんには若いのに韜晦術があり、また独特の愛嬌、魅力がある)
諏訪内晶子 ソロ


この神尾さんを指導するのが
宮崎国際音楽祭でもおなじみであった
ザハール・ブロン教授。
ワディム・レーピン、マキシム・ヴェンゲーロフ、樫本大進などを育てた名教授。

ブロン教授は気まぐれですぐには指導を受け入れない神尾を辛抱強く、けして押し付けずに、褒めたり提案したりして指導してゆく。
時に怪しげな日本語まで駆使してコーチする姿が辛抱強く粘り強い。
わたしはそこに人を指導するヒントを見たような気がした。
最近の優秀な若手には神尾的な人材も少なくない。
優秀だが、時に気まぐれであり、画一的な手法では育てられない。
辛抱強く動機付けをして、さまざまな経験を積ませ、そして最終的に音楽に集中させる。

日曜日ある友人と話したら
「子供の頃からお父さんはいつも叱ってばっかりだったから
いつも辛かった」と成人した息子に言われてしょげていた。

叱らないのも難しい
叱るのも難しい

ブロン教授なら、この友人にどうアドバイスするのだろうか
「親父が叱らないでどうするんですか」
と友人に答えながらも
自分もさまざまな意見が頭の中を巡っていたのでありました。


郎朗ランラン自伝 

最近中国のピアニスト郎朗(ランランLang Lang)の自伝を読みました。
「奇跡のピアニスト郎朗自伝 郎朗著 WAVE出版」
郎朗(ランラン)は私が最近注目しているクラシック・ピアニスト。

シェーンブルン宮殿での野外コンサート(NHK−BS)を観て、感銘を受けました。
ズービン・メータ指揮のウィーン・フィルと共演。
10万人の観客。
彼がピアノを弾くとクラシックがまるで彼のオリジナル曲のように聞こえます。これについては批評家から賛否両論あるようですが、私は素晴らしいと思います。
郎朗のHP

クラシックの若手はたとえ中国でも裕福な家庭の出身が多いと思っていましたが、郎朗さんは特別で地方から厳格な父親に連れられて北京中央音楽院に進学し、激烈な競争を勝ち抜き、
しかし権威に無視され
さらに親戚中からお金を借りて優勝か破産かという瀬戸際で
ドイツのコンクールに挑み、
さまざまな幸運に出会い、実力を正当に評価されて優勝。

それでもまだ中国では認められず、
日本で開かれたチャイコフスキー国際青少年音楽家コンクールで大賞。
ついに認められて、さらに米国へ留学。

コンクールに明け暮れた日々から真の音楽家になる道を示唆され
忍耐と努力の末
ついにアンドレ・ワッツの代役としてシカご交響楽団と共演し、大成功を収め、現在のキャリアへの道を開く
という波乱万丈な物語であります。

本当に面白くて夜の読書タイムが待ち遠しかった本でした。
背景としてこのような天才が出てくる中国の底知れないパワーというのかエネルギーも感じられます。

アジアでは音楽のみならず、医学も含めてさまさまな分野において激しい競争を勝ち抜いてくる、才能あふれる若者が多いと思われます。

日本の若者がこのような才能とどう対応してゆくのか
郎朗の怒涛のような20年はナンバーワンが口癖の父親との確執、教師たちとの連帯と戦いであり、
今の日本の教育者・指導者たちにも若い世代が迫り来る大競争時代を実感、意識できるように指導する必要性が強く迫られているように感じたのであります。
緑内障手術(ビスコカナロストミーによるトラベクロトミー再発見)
宮崎緑内障セミナーでは
ビスコカナロストミー(Viscocanalostomy):
1.眼内の房水が流出する導管であるシュレム管(canal of Schlemm)を粘弾性物質(ヒアルロン酸製剤)の圧力で開大して房水の流出抵抗を減らす
2.シュレム管の内壁の膜を除去して房水の流出抵抗を減らす
3.デスメ膜からの房水流出を促す
といった新しい手技についての発表もありました。

ビスコカナロストミーは学習曲線が緩やかなのか
あまり効果が優れていると感じなかったのがわたしの経験でした。
わたしは標準的なトラベクレクトミー、トラベクロトミーに戻っています。

ビスコカナロストミーの経験はしかし、世界的にはとても大事な経験でした。
いわばトラベクロトミーの再発見につながってきているような気がします。
Mendrinos E et al.
Nonpenetrating glaucoma surgery.
Surv Ophthalmol 53:592-630, 2008

従来、強膜を縦切開してそこからプローブを入れてゆくという英米系のトラベクロトミー手技を上手に完遂できる医師が欧米に沢山いたとはとても思えません。
失礼ですが行き当たりばったりの手術になって、手術がきちんと出来ていないのに結果が、当然悪いことを見て、こりゃだめだと思った医師もいたと推測されます。

この手技をより行ない易く改良した永田誠博士の功績は偉大です。
またこの手技を世界に効果的であると示す論文がなかった時代、きちんと英文でデータをまとめて世界に問うたT教授の若き日の功績も大であると僭越ながら思います。
(今もまだトラベクロトミーの論文はきちんとコントロールされた臨床研究なら、着眼点がしっかりしていれば、英文論文の価値は高いのでは?)
残念ながらその当時、15年前、この手技をAAOなどの教育コースで世界に教える医師がいなかったこともいまだに残念です。

ビスコカナロストミーの手技が初めて世界をロトミーの世界周辺まで導き、ロトミーを再認識させ、
そしておそらくトラベクロトミーの基本手技は、このままでは香港あたりから世界に教育されていくのではないでしょうか。
世界はフェイコ・トラベクレクトミーの成績が良いことに気付きつつありますが(もしくは手術が洗練されてきた)、フェイコ・トラベクロトミーがそれに肉薄する結果を出せること、合併症は圧倒的に少ないことのエビデンスが集積されつつあるようです。

トラベクロトミーの先駆的仕事が日本から十分発信されていないことは
(こだわりすぎかもしれませんが、このようなある種の広報やエビデンスの詰めが日本の優れた医師は謙虚すぎというか不足なように感じるのです)
白内障手術のフェイコチョップPhaco Chop手技が米国ではChang博士によって教育されていったことと構図が似ています。

Phaco Chop法は創始者である永原先生の確立した英文論文がなかったこと、天才である永原先生がもっともっとAAOやASCRSで教育コースを開かれたら良かったのではないか(時間的にご無理だったとは思いますが、なにか工夫のしようがあったかもしれません)ということが残念です。もったいなかったと思います。

トラベクロトミーに対する日本の先駆的な業績とその思想が日本発で
さらに世界に伝わることを願っています。

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